久々すぎる

このアカウントで書くのは久々すぎる。

数年前、色々あってから、このアカウントで
書くことをやめた。 


また、いくつか投稿も消した。


自分の三十代を振り返ると、
内容が濃過ぎた。

贅沢な日々もあった。
心が満たされている時期もあった。


正直…楽しかった。


でも、色々なものを犠牲にしてしまったのも
また確かだ。



本当の本当、正直なことを言えば、
話したいことはたくさんある。



悔しさ、憤り…。



そして、まだ言えていないことも。




ただ、もう話せることはないだろう。

でも、残念ながら、実は1日たりとも
忘れたことがない。
数年たった今も。



それだけ、インパクトはあった。



会っても、口は聞いてくれない
だろうな。
罵声浴びせられるだろうな。
もしかしたら、殴られるだろうな。
刺されるかもしれん。




でも、どこかそれでもいいから…

と思っている自分がいる。





やっぱ頭おかしいかも。





周りに知れたら、気持ち悪いと
思われるだろう。




記録は消せても、
記憶は消せない。

あの日の十字架

16年前の9月11日・・・。

 

Now the United States was attacked by Iraq

 

このテロップと、高層ビルから立ち上る煙が画面に

映し出されていた。

現地時間で午前9時頃の事であった。

 

俺の部屋では、もちろん俺がぐっすりと眠っていた

訳だが、カリフォルニアの朝5時頃、夜明けとともに、

自宅の電話が鳴った。

 

「あんた、アメリカが戦争になってるよ!」

挨拶もなしにいきなり耳元に突き刺してきたのは

日本にいる母親からだった。日本時間では11日の午後11時頃。

 

わざわざ国際電話で、日本からアメリカの時事ニュースを聞き、

慌ててテレビをつけた。

 

・・・まさに戦争だった。

 

会話もそこそこに電話を切った後は、ルームメイトと一緒に

しばしニュースを凝視。

 

そして、しばらくすると、2機目が突撃。

 

いやいや、これは本気だ・・・。

 

さすがにあせった。

 

自宅のカリフォルニアから、戦地は真逆の東海岸ではあったが、

もうどこに墜落してくるかは分からない。

そして、自宅はサンフランシスコ近郊。いやいや、狙われても

ぜんぜんおかしくないくらいの巨大都市。

 

やばい、でも、え?どうする?

 

やっぱりせいぜいできるのはテレビを通じて傍観者で

いることだけだった。

 

 

それから3年後。

 

俺は勤め先の社員旅行で、なんとニューヨークへ。

そして、戦地中心、ツインタワーがあったグランドゼロへ。

 

 

周りの建物も悲惨な状態だった。

ツインタワーがあった方向に向いているビルの壁は

すべてが被害をうけ、応急処置で壁を塗っているのが

痛々しい。

ここで、幾人もの人が亡くなり、幾人もの人が高い

ビルから飛び降りた。

飛び降りるその様を絶叫の中見ることしかできなかった

向かいのビル人たちは、飛び降りていく人が人に見えなかった

という。まるで蟻のような虫が飛び立っていくかのようで

あったと。

 

にわかに信じられるものではない。

一人が飛び降り自殺するのとはまた状況が違う。

 

逃げ遅れ、これ以上どうすることもできない人たちが、

どちらにして生き残れる確率などない高層ビルからの

飛び降り。

その光景を目と口を目いっぱい開いて叫びながら

見るしかない向かいの人々。

 

どんなに地獄絵図であっただろう。

国と国の戦いがあったかもしれない、政治的要素があったかも

しれない。

 

ただ、この飛び降りた人達に、なんの罪があったというのか。

 

本当に、ただただそこに居合わせただけ。

死因が、「そこに居合わせただけ」なんて、

誰が納得できようか。

 

 

グランドゼロは、復旧作業用に現場を鉄板で囲み、

その隙間からしか中を覗き見ることはできない。

それか、近くのビルに入り、構想階からみるだけ。

 

俺は隙間から中を覗き見た。

見た目は、ただの工事現場。とても飛行機が追突したとは

思えない。でも、あの日間違いなく頭上では飛行機が

追突したのだ。

 

殺風景な作業現場に、俺はあるものを発見した。

 

周りの人たちもざわざわなっている。

 

現場の中に、当時のビルの残骸であろう鉄骨が残っていた。

 

・・・しかも、もろに十字架の形をして。

 

飛行機の衝突から、その後崩れ落ちたビル。

その残骸を撤去すると、見事に十字架をした鉄骨部分が

残っていたという。

 

さらにだ。

 

よく見るとその十字架には、羽衣のような真っ白な

布が絡みついている。

 

周囲の人に聞いてみると、この十字架も不思議だが、

いつのまにか、羽衣がひらひらと舞い降り、

この十字架にかかったのだという。

 

あまりにも大きな事件であったため、

キリストが降臨し、死者を弔っているのだと。

 

どこまでも恐ろしい話だ。

 

おそらくキリストでさえも、この事件を防ぎきれなかったのか。

だから、自らが降臨し、死者を弔ったというのか。

 

同じ地球にするヒトでありながら、なぜこのようなことを

起こさねばならなかったのか。

 

事件が起きた日も、3年後も、16年後も、

残念な気持ちに変わりはない。

 

あの日テレビに映し出された光景と、

実際に目にしたグランドゼロと人々の言葉。

 

貴重な体験ではあるか、二度とはごめんだ。

 

今日もアメリカでは追悼式典がある。

このようなことが二度と起きないよう、

俺もアメリカに向かって祈りたい。

 

合掌。

 

「レッドロック外周カラオケ!」

中学以来の同級生が連絡をくれた。

 

今週地元に帰るから、空いている時間はないか?と。

 

こやつは、いつも急である。

 

嵐のようにもどり、嵐のようにまた日常へと戻っていく。

 

体型は俺と似ている。そして、気が優しい。

優しさは、もう全体に滲み出ているような男だ。

 

俺は、こいつが大好きだ!

俺は、友達が多い方ではない。

だけど、こいつは、本当に昔から俺を友人として

接してくれる。

 

大学時代、卒業旅行だといって

当時俺のいたアメリカにも遊びにきてくれた。

俺もあいつもカラオケが大好きなのだが、

アメリカにはカラオケが当時ほとんどない状態。

代わりといってはなんだが、車の中がカラオケである。

 

卒業旅行できてくれた時、あいつをつれて、

俺らはラスベガスに行ってきた。

あいつにとっては、もちろん初めてのラスベガス。

スロットや夜の街、買い物全てが楽しかったが、

俺らが一番思い出話のネタにするのは、

 

「レッドロック外周カラオケ!」

 

なんのことかというと、当時ラスベガスの街の周辺は、

まだまだ砂漠地帯が多かった。少しずつ住宅地が増えつつ

あるころに行った。今では、かなりの数の住宅地や商業施設

が整っているらしい。

街から少し離れると、砂漠地帯が広がり、

その砂漠の少し向こうには、レッドロックと呼ばれる

岩盤むき出しのような岩の壁が続く。

いわゆる山脈のような、オーストラリアのエアーズロック

ようなものを想像するといいかもしれない。

街はずれからそのレッドロック近くを通り、また街へと

戻っていく一本の道がある。周りには特に何もない。

要するに砂漠の中を走っているだけ。進行方向にもよるが、

左手または右手の奥にレッドロックがずっと見えるという

構図だ。

俺らは二人で、その道をドライブした。

その時にかけていた曲は X Japan の Say Anything。

これを二人で熱唱。当時使っていたMDプレーヤーから

流す音源に合わせて熱唱!

恥ずかしさも何もない、ただただ気持ちよく、

心の思うままに、ただただ熱唱・・・。

 

最高だった・・・。

 

悩みなし、

明日の心配なし、

アドレナリン全開!

 

小学校からずっと音楽の授業は大嫌いだったのに、

一度テストで5点しか取れなかったこともあったのに、

あんなもの・・・いつもおたまじゃくしにしか

見えなかったのに、

リコーダーのテストや歌のテストなど、本当に

いやでいやでたまらなかったのに・・・。

 

この時ばかりは、音楽が最高だった。

上手い下手とかではなく、自分たちが目一杯歌ったことが

最高だった。

 

若かったといえばそれまでだが。

 

 

こいつといると、こんなことまでできてしまう自分がいる。

 

今は普段はかなり離れた所にお互い住んでいるが、

こうしていつも連絡をくれるあいつ。

 

今週末会える。

 

気持ち悪いが、彼女に会うようなフレッシュ感!

 

今週はあいつを精一杯もてなそう!

おそらく、カラオケに行くだろうな!

また、熱唱しょう!

 

無駄な時間の浪費

無駄


ってなんだ。

役に立たないこと。それをしただけのかいがないこと。また、そのさま。

ってネットは言っている。


まあ、無駄なことは散々してきた。

一番は、無駄遣い。
ダイエット器具なんかがいい例だ。

次は、無駄な心配。
〇〇だったらどうしよう、みたいな。
後から考えるとどうでもいいこと。

最後は、無駄なプライド。
まあ、いわゆる意地!張ってつまらない、前に進まない無駄だ。


まあ数々の無駄をしてきたなあ。

でも、良いこともある。

その無駄のおかげで、次は無駄に
ならなくなることもある。
自分の勉強の為に投資したことに
結果的になり得るなら、それは無駄
ではないだろう。
でも、結果はすぐには分からない。
だから、しばらくは無駄だと感じて
しまう。



最近は、人生の中で、一番無駄に時間を
使っている気がする。
仕事に身が、気がはいらない。
やる事はいくらでもある。
でも、本気スイッチが入らん。

会社ではある商材を手がけていた。
必死だった。
負けなかったし、負けたくなかった。
明けても暮れても、その商材のことを
考えた。
あ、まあ好きな彼女の事も考えてたけど(^_^;)
まあ、さておき、毎日が苦しくでも
楽しかった。


今も苦しい。
だけど、今は楽しくない。
娯楽という意味ではなく、楽しくない。
同じ給料をもらうなら、この会社で
なくてもいい。
むしろ、生きるも死ぬも自分次第の
人生が本当にいいんじゃないかと思う。


ただ、生まれて初めて知った。

無駄と分かっていての、あえての
無駄な時間の浪費は、

とてつもなく怖い。


一日一日が、いつか来る死の瞬間に近づいて
いるのに、でも、最近になって色々やりたい
事が出てきたのに、何もしない空白の
時間を自分の中に埋めた。

そう分かっているのに、
恐怖を味わったのに、
やっぱり反省せずに生きている
自分がここにいる。

そっちの方がさらに怖いわ。

でも、それが俺!

自分を変えるのは、難しいわ。

経営者は‼︎

いや〜〜、人生って何⁉️

答えは、あるのかな。

全ては、自分の選択によって今がある‼︎

確かにそうなんだが、だとすれば、
もっとチャレンジな人生でもいいのでは⁇



経営者は言う。

「経営者は逃げることは出来ないんだぞ、
前に進むしかないんだ」と。

仰る通り‼︎
逃げ場なし、待った無し、
だから、経営者なんだと思う。


しかし、今この瞬間の俺は、


ただの雇われの身!
経営者…ではない。


そして、経営者は続ける。

「お前は分かってない」と。



分かりません、






経営者ではないもの。




でもやっぱり経営者には
なりたいな。


生きるも死ぬも自分次第。


自分経営は、自分でしか出来ない‼︎



は〜、今日もまた雇われの身の
1日が始まった…。

へ〜〜m(_ _)m

この前、満島真之介がテレビで
こんな事を言っていた。


僕は朝、日記を書きます。
2ページ分‼︎


テレビの中でも、俺もリアクションは同じ。



朝⁉️




確かに、小学生の頃はよく朝書いていた。
しかし、それは前の晩に宿題として
やっていなかったからだけど。


彼曰く、
過去を振り返って日記を書くより、
今日1日どんなことがあるかな、
どんな人に会うかな、
みたいなことを考えて書くらしい。


まあそれもひとつアリだな。


仕事のスケジュールだけにとらわれず、
自分の朝の正直な気持ちを書いてみる。


夜の日記より、なんか頭がスッキリしそう‼︎